じーやんの拍子の悪い日々・桂米二

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zoom RSS 本日の公演プログラムと解説

<<   作成日時 : 2014/12/25 08:04   >>

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昨日、1年と1ヶ月ぶりにメルマガを送信しました。今回お送りした方は、パソコンとスマートフォン(@i.softbank.jp @gmail.com @icloud.com)限定です。ガラケーの人、ごめんなさい。スマホでこれらのアドレスをお持ちの方、メールアドレスをお知らせいただいたら送らせてもらいます。

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全部で2,813通の送信でしたが、エラーが出てたくさんのメールが返送されてきました。前は届いていて今回届かなかった方、メールアドレスを変更されてませんか?

せっかく高い高いメルマガ用ソフトを買うたんで元を取らんといけません。これからはしょっちゅう送る(つもりな)ので、覚悟しといてくださいよ。

さて、今夜の「京の噺家桂米二でございます@内幸町ホール」のプログラムがたった今、完成しました。もう先にここでご紹介しときましょ。以下はプログラムからのコピペです。

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ブログやメルマガにも書きましたが、「かわり目」はうちの師匠、桂米朝の傑作です。世間からは「たちぎれ線香」や「百年目」ばかり絶賛されてきましたが、私はそれらと同等、いやもっと評価しています。この落語は前半が笑いも多くて陽気なので、前半だけで下りる噺家も多く見受けられます。東京で言えば五代目古今亭志ん生師匠の残っている音源は全部途中までです。

私が初めてテレビやラジオでうちの師匠の「かわり目」を聴いた時もそうで、それも現代版でした。人力車をタクシーに置き換えてやっていました。昭和30年代から40年代にかけて、主に寄席……関西の場合は漫才中心の演芸場でしたが、そこでやるためにアレンジした訳です。それはそれで面白いものでした。それが、うちの師匠が演芸場には出なくなって、落語会、主に独演会で全国を回るようになって、タクシーを人力車に戻してサゲまできっちりやるようになりました。しかも新しいエピソードを拵えて……。今夜はその「かわり目」をたっぷりとお聴きください。「向う付け」についても申し上げたいのですが、もうスペースが……。

米二流落語用語の基礎知識  「向う付け」「かわり目」

★「差し押え」‥‥国家機関や債権者が、債務者の財産の使用、処分を禁じること。差し押さえと言えば、初代桂春團治師が吉本興業の訴えで仮執行された時、財産に貼るべき紙を自分の口へ貼って「これも持って行きなはれ」と言うたのが伝説になっている。新聞にまで載ったが、実は演出、やらせだったという説もある。でも噺家の口にはそれだけの価値があるんです。酔っぱらった上での安直なキスはご遠慮ください。

★「阿倍野斎場」‥‥江戸時代、千日前にあった墓地、火葬場が明治7年(1874)に天王寺村埋葬地に移されて阿倍野斎場ができた。現在、斎場(火葬場)は平野区の瓜破霊園の斎場に統合されている。阿倍野には墓地の他に大阪市立やすらぎ天空館という葬儀式場があって、噺家の葬儀も多数ここで行われている。私は京都市民なので、ここでは行わないと思う。

★「こより」‥‥細長く切った和紙を糸のように撚(ヨ)ったもの。親指と人差し指でくるくる丸めて紐状にする。うちの国宝はこれをつくるのが得意。稽古の最中、弟子の覚えが悪いとイライラしてくる。そのイライラを鎮めるために煙管で煙草を吸っていたが、こよりを拵えて煙管の羅宇(管)に通してしょっちゅうヤニを取っていた。ヤニは汚いものとそれで知った。

★「銘々付け向う付け」‥‥現在の葬儀や婚礼では、記帳を自分でするのは当たり前のことだが、昔は無筆の人が多かったこともあり、帳場の人間が書いてくれた。義務教育が徹底したおかげでここまで進んだ。落語の「向う付け」の帳場の二人はこれを発明した先駆者である。

☆「人力車」‥‥落語では「いらち俥(反対俥)」「稲荷俥」「帰り俥」とわりと活躍している。人偏に車と書くと人力車のことである。また落語でクルマと言えばほぼ人力車と思ってもらってよい(新作を除く)。自動車もたまに出てくるが、クルマと言わずちゃんと自動車と呼んでいる。この人力車を発明したのは明治初期の日本人らしい。駕籠よりも速く、馬を使うより人間の賃金のほうがはるかに安かったのであっという間に普及した。現在は京都、鎌倉などの観光地で営業している。うちの前の細い道も人力車の観光コースになっているが、うちの家は観光できません。林家染太君がこの車夫のアルバイト経験者で我が家の前をしょっちゅう通っていたそうである。

☆「上町」‥‥上町台地は大阪城付近から天王寺区まで南北に伸びた高台の総称。東京の山の手にあたる。大阪の中で最も早く開けた土地であるらしい。この広い範囲で上町というのは具体的にどの辺を指すのか京都人の私にはよくわからない。地図で見る限り上町筋、難波宮跡の南、大槻能楽堂のすぐ近くに「上町」の交差点がある。落語にはよく「上町の(アホの)おっさん」が登場するが、これは昭和3年に没した七代目桂文治(初代米團治)が上町に住んでいたことから来る。なお「アホの」と付くのは六代目松鶴師匠の「手紙無筆」。文治師匠から来ていると知ったら我々は「アホの」なんて言えません。

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