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信州ひとり旅

2018/04/29 08:16
ゴールデンウィークに車で長野へ行くので、高速道路の渋滞予測を調べてたら、こんなルートが出てきました。名神から東海北陸道で高山へ出て、平湯温泉を通って松本へ抜ける。ちょっとこの道、面白そうやん。

高速道路ばっかり走ってるのは退屈です。どこ通っても代わり映えしません。一般道路のほうが面白い。それに平湯温泉は小学校3年の時に泊ったことがあります。この道にしよう。即、決めました。時間は少し余計にかかるけど。

朝6時に出発。この時間なら名神大津付近の渋滞もまだありません。東海北陸道を飛騨清見で出て、国道158号線を東へ。高山市内を通り抜け、軽快に走っていると、北アルプスが見えてきました。どこの山か知らんけど。これが見たかったんですよ。まだ雪が残っていて美しい。昨日のTwitterを見てください。

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平湯温泉の手前まで来ると見えてきました。槍ヶ岳(と思う)。一度登ってみたい山です。登らへんけど。たぶん。

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しばらく眺めて出発。松本に近づくと腹が減ってきました。蕎麦屋ばっかり目につきます。さすが信州。高山ラーメンを食べといたら良かった、と思う蕎麦アレルギーの桂米二でした。そういうと昔、松本の落語会の楽屋にざる蕎麦が積み上げてあって、わたしゃ打ちのめされたことがございました。うちの師匠。桂米朝は喜んでましたが……。

松本から長野自動車道。梓川サービスエリアでソースかつ丼を食べて、安曇野で一般道へ。この辺は何気なく北アルプスが見えます。美しい。

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そして大町へ。一度行ってみたかった劇団四季記念館。今年のオープン初日でした。秋まで開いていて、冬場は休館やそうです。中は撮影禁止なので外観だけ。ビーストの椅子に座りたかったなあ。

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そこから山道をぐるぐる走って千曲川展望公園へ。中学生の時、篠ノ井線の車窓から見た雄大な姨捨の風景が見たかったのです。昨日のTwitterをどうぞ。これは長野市内方向。八重桜がきれいでした。

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それから長野市内へ向かったのですが、これがかなりの渋滞。ホテルへ着いたら午後6時。寄り道したとは言え、12時間も走ってたんです。でも疲れなかった。ひとり旅は気楽でよろしい。けど今度来る時は誰かと一緒に……というより、愛犬ボックを連れてきてやりたいと思ったのでした。

なんのために長野へ来たのかというと、これです。入場無料。

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明日はこれ。入場有料。

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月亭可朝は一番弟子? 二番弟子?

2018/04/23 11:17
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桂米朝の一番弟子はこの方だと思ってました。以前は。今、上方落語協会も米朝事務所もホームページの落語家系図を見る限り、二番弟子ですねえ。先月亡くなった月亭可朝師匠のことです。

一番弟子になっているのは桂米紫師匠。もちろん先代の三代目で、20数年前に亡くなってます。

このお二人、桂米朝の子飼いの弟子ではありません。前歴があります。米紫師は漫才や腹話術師として活動しておられたので、その芸歴を含めたら桂米朝の芸歴とあまり変わりません。可朝師は三代目林家染丸師匠の弟子でしたが、人間的なしくじり(噂では女性関係)で破門され、うちの師匠を頼ってこられて弟子になって、桂小米朝を名乗られました。その後、月亭可朝に改名された訳です。

米朝の子飼いの弟子は枝雀、ざこば以下の我々直弟子ということになります。はじめから米朝の下で修業してます。ですから、同じ弟子でもちょっとニュアンスが違うのです。我々は住み込みの内弟子でしたが、このお二人は住み込みではなくて通い弟子です。

ちなみに現在、内弟子はほぼ絶滅しました。通い弟子ばっかりです。うちの弟子もそうです。主に住宅事情で。内弟子に部屋を提供すると、私が家を出ないといけない……。

昔は月亭可朝、桂米紫の順番で載っていた系図もありました。今はその逆。結局、どっちが一番弟子なのかよくわかりません。なんでこんなことになったのか?

お二人が桂米朝の弟子になったのは昭和36年(1961)だと思います。フリー百科事典ウィキペディアによると、米紫師が弟子入りしたのは昭和33年(1958)になっています。これは間違ってると思うけどなあ……。

当時、腹話術師であった米紫師匠が「噺家としてやっていきたいので弟子にしてください」と桂米朝のところへお願いに来られました。その時、うちの師匠は、

「漫才とか腹話術で、今までお世話になった師匠にちゃんと挨拶してきたのか?」

まだしてないと聞いて、

「ちゃんと挨拶してから来なさい」

と言うて帰したそうです。筋の通ったことを言うた訳ですな。それにどれくらい日数がかかったのか知りませんが、かなり長期間だったようです。

ここだけの話、米紫師匠は何をしても時間がかかる人でした。電話が長いのでも有名で、昔、10円玉しか使えなかった公衆電話から私が電話して、米紫師匠の話を長々と聞いているうちに10円玉がなくなって、途中で電話が切れたことがありましたっけ。普通の人なら1分で済む話も10分くらいかかるんです。

話を戻します。要するに米紫師匠の弟子入りは保留となった訳です。そこへ「出てきた男」(わたくし「嘆きのボイン」より「出てきた男」のほうが好きです)が後の可朝師匠。染丸師匠から破門されて、うちの師匠を頼ってきはりました。

さすがうちの師匠は男気があります。染丸師匠のところへ挨拶に行って「やめさせてしまうのは惜しいと思うので、うちの弟子にしてもかまいませんか?」と。染丸師匠はこんなことをおっしゃったそうです。

「あいつ、わしの手に負えんねん。面倒見たってくれ。頼むわ」

という訳で弟子入りが認められて、桂小米朝となりました。そこへ遅れてきた米紫師匠。「きちっと挨拶を済ませたので弟子にしてください」と。で、弟子になったのですが、もう可朝師匠が弟子として居てはったという訳です。

つまり、弟子入り志願は米紫師匠が先で、実際に弟子になったのは可朝師匠が先。さてどっちが一番弟子でしょう?

曖昧なまま時は流れて行きました。うちの師匠、桂米朝が紫綬褒章を受賞しました。昭和62年(1987)のことです。盛大に授賞パーティーが開かれました。その後、師匠は帰宅しましたが、ほとんどの弟子はあるスナックで飲み続けておりました。その時、こんな話題が出たのです。誰が言い出したのか今となってはわかりません。

「ところで、可朝兄ちゃんと米紫兄ちゃんはどっちが一番弟子やねん?」

それから、この場で一番弟子を決めようということになったんです。さあ、それからみんながいろんなことを言い出しましたが……忘れました。結局、年齢とか芸歴とかも考えて、米朝一門として、桂米紫を一番弟子にしよう、という結論になりました。但し、みんな酔っぱらってましたよ。それに、うちの師匠はその場に居ませんでしたよ。

それまで私は可朝師匠が一番弟子と思ってました(若い頃に見た系図がずっと目に焼き付いてました)が、その日から覆ることになったんです。ちょっとした事件ですよ。私も酔っぱらってましたが……。

めでたく一番弟子も決まり、その長い長い二次会もお開きになって、みんなが店を出ようと立ち上がった時、可朝師匠がぼそっと言いました。

「けど、ほんまはわしが一番弟子や」

みんな、こけそうになりました、とさ。

今となって思いますね。どちらが一番弟子なのか、うちの師匠はなんで決めてくれなかったんでしょう? みんな故人となり、もう永遠の謎であります。

明日24日(火)、福島の八聖亭で(一番弟子)可朝師匠のお別れ会が開かれることになりました。一般の方も参列できるそうですよ。


写真は2010年、うちの師匠の誕生日に珍しく可朝師匠が来られた時のものと、参議院選挙に立候補した時の選挙ポスター。うちの師匠宅のガレージに無造作に放り込んでありました。

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「あつた寄席」に桂鯛蔵が出演します

2018/04/13 17:32
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名古屋の会のお知らせです。

  ☆4月15日(日) 14:00 〜 (開場13:30)
第11回あつた寄席桂米二落語会/熱田 想念寺(ほとんど椅子席)
 〒456-0026 TEL (G)052-671-8639 (G)名古屋想念寺
 愛知県名古屋市熱田区旗屋町509
 地下鉄名城線「神宮西」1番出口北へ徒歩3分
 JR東海道本線「熱田」西へ徒歩7分 無料P有
「東の旅発端」二豆 「厩火事」鯛蔵 「牛ほめ」米二 「不動坊」米二 糸:和女
予約¥3,000 当日¥3,500  問&予 TEL 090-2267-2587 toshi@koboya.co.jp 片岡
または TEL 080-5338-7331 桂米二予約センター(主に留守電)
PCからのメール g-yan@yoneji.com 携帯からのメール yoneji.k-yoyaku.0906@ezweb.ne.jp
フルーツショップ弘法屋提供・果物抽選会あり
 またまた1年ぶりになりました。名古屋の皆さん、桂米二を忘れないでね。
 今回から毎回お囃子は生演奏です。出演者も一人増えました。
 たっぷりとお囃子が入る噺をやらせてもらいます。
 その代わりちょっと値上げさせていただきます。申し訳ありません。
弘法屋

想念寺地図

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今回の「あつた寄席」は6年ぶりに桂鯛蔵君に出てもらいます。鯛蔵君は大物です。なぜ大物なのかお話しいたしましょう。

その6年前の「あつた寄席」の打ち上げで、私と鯛蔵君の二人はしこたま日本酒を飲んだのでありました。それにまた幻の名酒「久保田」があったんですよ。「千寿」やけど。

当時は私も新幹線でした。今は鳴物を積んで行くので車ですが。で帰りの「のぞみ」に乗った二人ですが、鯛蔵君は名古屋を発車した途端に寝てましたね。いや、座った途端やったかもしれません。でも私は起きてました。米原ぐらいまでは。

一人で話し相手が居ないと眠たくなるもんです。うつうつっとしたんですが、ふと目を覚ましたら京都へ停まった瞬間でした。おっと危ない!

1分停車なので、なんとか降りることができました。その時、鯛蔵君も目を覚ましたのでちゃんと言うたんですよ。

「新大阪で寝過ごしたらあかんで」

ちゃんと返事してましたよ。大丈夫ですと。

ここからは後日、聞いた話です。寝過ごしたんですと。その「のぞみ」は岡山行きの最終でした。岡山まで行ってしまったんです、彼は。

まだ電車があれば新大阪まで戻ってもええんやそうです。帰りの運賃を払わなくても。でも最終ですから上りの新大阪行きはありません。岡山駅の駅員さんは親切でした。

「明日の始発に乗ってもらったら、払わなくてもいいですよ。但し一番電車だけですからね」

そんなシステムになってるなんて知りませんでした。それを聞いて喜んだ鯛蔵君ですが、岡山で泊めてくれるところがありません。ビジネスホテルにチェックインして、始発までひと眠り……して起きたら、もう何時間も前に始発は出てしまったのでした。さぞ帰りの「のぞみ」の特急料金は高いと思ったことでしょう。

そんなトラブルが起こらないように、今回は近鉄特急で帰ってもらうことにいたしました。鯛蔵君、乗り過ごしても「難波」やからね。


その鯛蔵君は今夜の「乙夜寄席」の主任です。私もお手伝いで参上いたします。

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予選通過

2018/04/10 11:02
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まさかまさかの予選通過です。昨日、私ども若手育成委員会がプロデュースしている「若手噺家グランプリ予選会@天満天神繁昌亭」の2週目でした。

9人の出場者の中から2人が決勝へ出られるのですが、大方の予想を裏切って桂二葉が1位通過。今週は私、審査員を外れてたので、気楽に聴かせてもらってましたが、やはり自分の弟子には辛口になります。とても予選通過は無理と思ってました。いやほんまに。

見事な二葉の酔っぱらいぶりでした。けど私は実際にもっと酔っぱらってるところを知ってます。ほんまはもっとえげつない。救急車のドアをバンバン叩きよるんですから。……最近の無礼講トークを聴いた人はご存じですね。

まず「上燗屋」を稽古してくれた桂雀太兄さんに感謝せんとあかんね。6月19日(火)の決勝が楽しみになりました。この日も審査員ではないから。

そういうと最近。二葉と一緒に撮った写真がありません。これはもう6年前のアフロの写真。
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審査員

2018/04/07 11:48
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審査員で思い出す一番古い記憶はなんでしょ? 毎日放送の「素人名人会」で三代目林家染丸師匠が「敢闘賞〜!!」と叫んではったことですね。古〜!!

ほんと古いです。当時、私は小学校の3年か4年生、つまり50年ほど前のこと。その染丸師匠が亡くなった後、「素人名人会」の落語、漫才など演芸部門の審査員はうちの師匠、桂米朝、そして五代目桂文枝師匠へと引き継がれたのでありました。

その時分から演芸番組をしらみつぶしに観ていた澤田少年でありますが、自分が噺家になろうとは、そしてその落語の審査をすることになろうとは、夢にも思てなかったんです、はい。

尼崎で開かれている「尼崎落研選手権」と「新人お笑い尼崎大賞・落語部門」という二つのコンクールの審査員をやらせてもらっています。前者は大学の落研の大会、後者はプロ(新人に限る)でもアマチュアでも出られる大会。でも、私が担当してからプロは出てないと思います。アマの大会です。場所も尼ですし。……私、駄洒落はあまり好きやないのですが。

それに以前、プロが出場してアマに負けたという実例が……。そんなこともあってプロは出にくいと思います。場所も尼ですし……。

いいですか。関西人は尼崎を略して「あま」と呼ぶのが一般的なのです。覚えといてくださいね。これは関東の人が埼玉のこと「さい」と呼ぶのと同じです。……これは言わんか。

やってみてわかりましたが、審査員はしんどい仕事です。落語に点数をつけるのですから。スポーツでも早さを競う競技の審査は楽でしょうね。はっきりとタイムが出ますから。落語の審査をやって分かりました。フィギュアスケートの審査は大変やろうなと。……一緒にするな、と思てはるでしょうが。

しかし、やり甲斐がある仕事ではあります。しかも審査委員長なんて肩書をつけてもらうと「エヘン」という気持ちになります。それに大いに勉強になります。その謙虚な気持ちを持ちつつ、順位をつける時はすぱっと決断しなければなりません。しかも「落研選手権」で優勝した人がプロの噺家になった例もあります。……なんで東京へ行ったんや?

その人の人生をも左右することになるのですから、審査員は責任重大です。でもこれはアマチュアの世界です。プロの噺家の審査となると、もっともっとしんどいです。できればやりたくない。それを去年からやり始めることになりました。

上方落語協会にはたくさんの委員会がありますが、以前は風紀委員会というのがありました。繁昌亭の楽屋で噺家に「ハンカチとティッシュは持ってきてますか?」とか、爪が伸びてる若手噺家に「切りなさい」と爪切りを押しつける……そんなことはしません。

「繁昌亭昼席では持ち時間を守りましょう」とか「マクラで下品なことを言うのはやめましょう」とか「楽屋に汗の臭いがしみついた長襦袢を干してはいけません」とか。他に何がありましたっけ。……そうそう、若手指導という大事な役。

その「風紀委員会」が衣替えしまして、「若手育成委員会」と名前もそのままな委員会ができました。メンバーが凄い。香盤順に米二、団四郎、竹林、梅團治、花團治、鶴二、あさ吉と、下の数名を覗いてほぼ還暦という恐ろしさ。一番古い私が委員長ということになりました。協会の理事から副会長の米團治君も参加してます。彼は今年還暦……。

繁昌亭で「乙夜(いつや)寄席」という深夜寄席を始めたのも若手育成委員会です。もう一つの役としまして「若手噺家グランプリ」の運営とお世話。ま、実質的には上方落語協会事務局のTさんが取り仕切ってくれてます。Tさんは協会で若き女性スタッフとして頑張ってくれてましたが、とうとう若手噺家の桂三語君の嫁になった人です。もうドツボにはまって出られないという……これ以上のコメントは控えさせていただきます。その田辺ちゃん……あ、言うてもた。彼女が頑張ってくれてるので我々も役目をこなせるのです。

さて「若手噺家グランプリ」。これはアート引越センターの寺田千代乃会長が「上方落語界の新たなスターを発掘する」という目的で、ボーンとお金を出してくださったところから始まりました。今年で4年目。若手育成委員会は去年からお世話をさせてもらってます。若手からエントリーを募り、出場者を40名に絞り、演目の希望を聞き、できるだけ希望に沿うように、かつ一門、キャリアのバランスを考えた上で、10人ずつ4回の予選に振り分けて、そして予選会の審査です。フ〜〜……。

今までの決勝での優勝者は桂吉の丞君、笑福亭たま君、桂米輝君の3人。それぞれ賞金20万円をかっさらっていきました。ちなみに準優勝は賞金5万円。優勝したら次の年はもう出られませんが、準優勝はまだ出られます。入門18年目までが出場資格ですが……。

4月2日(月)に第1週目の予選会が開かれました。このあと毎週月曜日にあと3回開かれます。私が審査するのは第1週と第3週の2回。落語の持ち時間が8分〜10分。これより1秒多くても少なくても減点されます。みんな、9分ぐらいでまとめたら大丈夫やで。……でも去年はタイムオーバーが多くて私はため息ばっかりついてました。

アマチュアよりプロの審査のどこが大変かというと、普段から可愛がってる、または憎たらしい後輩に点数をつけなければならないということ。しかもその後輩の将来をも左右するのです。ここで優勝して、それをきっかけに大きく羽ばたいた噺家……はまだ居てませんが。

で、第1週の感想。みんな頑張った。レベルが高い。若手育成委員会の○○より上手い……。点数は1点刻みでしかつけられなかったほどの接戦。この日の審査は私以外に竹林君と鶴二君。去年も感じたのですが、みんなの意見が大きく違わないのです。私がええと思た人は、他の二人もええと思たみたいです。これは客席の笑い声にも響いてますね。

という訳で決勝通過は1位が桂ちょうば君、2位が笑福亭喬介君の二人。喬介君は凄いですよ。一昨年、去年と準優勝。今回の予選も第2位。この調子で今年も決勝は準優勝狙いですな。毎年5万円ずつかっさらって、トータルで賞金王を狙ってね。

予選会はあと3回。9日、16日、23日の月曜日、午後6時30分開演、会場は天満天神繁昌亭です。まだチケットありまっせ。決勝は6月19日(火)午後6時30分、これも天満天神繁昌亭。チケットは予選が全部済んでからの発売となります。

決勝の審査はしません。在阪マスコミ各局のプロデューサー、ディレクターが担当してくれはります。私は前説と優勝者発表のみですから、これは気ィ楽ですわ。若手から恨まれずに済みます。

上の写真は開演前、出演順を抽選で決めているところ。林家染太君が1番を引き当てました。したがって、この日のトップバッター。

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空き家に見えますか?

2018/04/01 23:33
腹が立ったのと、呆れたのと、悲しいのと、馬鹿馬鹿しいのがこんがらがりましたね。

ある不動産屋から、いきなりこんな手紙が送られてきました。

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うちの家が空き家だから売ってくれ、と言うてる訳です。ポストに「この近辺で売家を探してます」というチラシはよく入ってるけど、こんな直接的なものが郵送されてきたのは初めてですわ。

うちの家って空き家に見えますか? 表札は二つもかかってるし、車や自転車は置いてあるし、誰も捨てないビニール傘は放ったらかしになってるし、ビールや缶チューハイ(本搾りのみ)のケースはゴロゴロしてるし、この間までは障子も破れてボロボロでした。生活臭がプンプンしてます。

ちょっと変わってるといえば、小太りの若い男がちょいちょい出入りしてることぐらいですか。これは弟子の二豆ですが、充分怪しい。私も怪しいと思う……。

法務局では個人情報は守ってくれないのですね。この手紙の宛名の連名がうちの機密情報です。嫁はんの名前(消してますが)が先になってるでしょ? これはうちの家の持ち分を大きく表してます。嫁の持ち分が4分の3で、私の持ち分が4分の1だから。うちの経済的な情報がみんなバレてる。……ほっといてんか。

ま、郵送だから届いたんでしょうな。直接、ポストに入れに来たら思いとどまったんとちゃう? つまりろくに調べてないちゅうことやね。

こんな不動産屋と取引している人が居てはったら、心からお悔やみいたします。うちは絶対に売りませんからね。第一まだローンが残ってる。……ほっといてんか。

ところで担当の○○さん、いくらで買うてくれるんですか?

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じーやんの拍子の悪い日々・桂米二 2018年4月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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