覚える


今年、ネタ下ろしは三つでした。ネタ下ろしというのはその演目を初めてやることです。調べたら辞書には載ってませんな。噺家はしょっちゅう使う言葉やのに。

三つ目、最後に取り組んだのが「餅屋問答」。東京落語では「蒟蒻問答」です。やりたいとは思てたけど、ただただ思てただけ。実際にやることはないと思てました。ところが、注文が来たんですよ。あるお寺関係から来年2月にやってくれと。落語で寺や坊さんが出てくる噺はわんさとあるけど、あんまり誉めてません。どっちかと言うたら、ボロクソに言うてるほうが多いのです。「植木屋娘」なんか「クソ坊主!」の連発やもんね。

でも注文です。ギャラの提示がありました。そのギャラに釣られて「はい、やりましょう」と言うたわけです。時間はあるし……。時間はあっても結局はギリギリまで覚えないんですけどね。で、まず自分の落語会でやろうと決めて、今月の京都「臨時停車の会」と大阪「つるはし一夜の宿の会」でやります、と発表いたしました。

やると決めたものの考えたらテキストがない。うちの師匠はやらないしね。わりとよくやっている後輩の米紫君に「教えて」と頼みました。彼には入門直後、「東の旅発端」を稽古してあげた義理があるから嫌とは言わないでしょう。これは一種の脅しですな。親切な米紫君はDVDを貸してくれました。映像もあるやなんて、テキストとしてはもう充分過ぎます。

でもこれを観て愕然としました。覚える言葉が難し過ぎる。漢字ばっかり。何度も聴いてますから、ある程度は覚悟してたけど、ここまでとは……。

だいたい噺家を35年もやってると覚えるコツをつかんでますから、丸暗記なんてしません。決めるべきところは決めないといけないけど、全体的な流れをつかんで、あとはそのときの自分の言葉でしゃべるようになってきます。つまり、やるたんびにセリフは全然違うわけです。ポイントを押さえて内容さえ間違ってなかったら、それでいいわけです。逆にそれが魅力になるとも言えましょう。

ところが「餅屋問答」はそれができなくて、どうしても丸暗記しなければならないところがたくさんたくさんあるんですな。なんという嫌な噺なんでしょ?

一番覚えにくいところをご紹介します。セリフではなくて地の部分、説明です。漢字は青蛙房刊「圓生全集第四巻」の「蒟蒻問答」を参考にしました。


案内に連れられまして本堂へ。左右の障子を押し開きますと、寺は古いが曠々としたもので、高麗縁の薄畳は雨漏りのために茶色と変じ、狩野法眼元信の描きしかと怪しまるる格天井の一匹龍は鼠の小便のためにその姿を染みの中に没し、欄間の天人は雲の巣に綴じられ、金襴の巻き柱は剥げ渡り、幡天蓋は朝風のために翩翻と翻り、正面に釈迦牟尼仏、傍らに行其菩薩の尊蔵あり。一段前に法壇を設け一人の老僧。頭に帽子をいただき、手には払子をたずさえ、まなこ半眼に閉じ、座禅観法寂寞として控えおるは、当山の大和尚とは、真っ赤な偽り。なんにも知らん餅屋の親父さん。


六代目三遊亭圓生師匠の「蒟蒻問答」のカセットテープもライブラリーとして保存してあります。聴きたかったけど、そのカセットを探し出すのに3日はかかりそうなのであきらめました。

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こうなったら自分なりの台本をつくって、あとはひたすら覚えるだけです。……覚えました。覚えたことは覚えたけど、頭の回路を通して口に出てくるまで時間がかかり過ぎるのです。「高麗縁の薄畳」というセリフが出てくるのに30秒もかかる。次の「狩野法眼元信」まで20秒。頭で覚えたけど体で覚えてないからですな。

若い頃はなんでもなかったことが、今はできないことにガッカリ。ガッカリしたまま「臨時停車の会」の日を迎えました。やっぱりここの部分、ちゃんと言えませんでした。狂言の師、丸石やすし先生も聴きに来てくれてました(お目当ては二葉やったらしい)が、あとで「モゴモゴ言うてはりましたなぁ」と言われてしまいました。反省……。

この日のお客さまの反応はまことに良かったので、全体的にはよく受けたのですが、これではダメです。それから努力しましたよ。毎日毎日、歩いていても電車の中でも「案内に連れられまして本堂へ……」のくり返し。こんなに一生懸命ネタと向かい合ったのは何年ぶり? 他にも同じように難しいところが何ヶ所かあるので、その辺りも中心にブツブツブツブツ……。

迎えた「つるはし一夜の宿の会」。ここはいつもお客さまが少ない(足が痛いからやろうね)のですが、その分、お客さまの精鋭とも言えます。毎回よく受けるんです。雰囲気最高!

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今度はなんとか言えました。完璧ではなかったけど、だいたいクリアできました。両方聴いた人によると、先週に比べたら格段の進歩やそうです。先週は「ごめんなさい」なんですが……。

結論は、こういう落語は20代に覚えるべき、ということですな。うちの師匠が「何か覚えるのなら20代に覚えなさい」とよく言うてましたが、今になって身に染みてよ~くわかります。だから二乗君、君はもう遅いよ。


さて明日ですが、9年間続いた「墨染・そうぞう寄席」が最終回を迎えます。会場のそうぞう館が1月末で閉館になることに決まったのです。また一つ寂しいことが増えましたな。最終回、皆さんで盛り上げてくださいね。

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この記事へのコメント

ちりとてちん
2011年12月24日 20:17
1月1日の繁昌亭でぜひ聞かせて下さい!
お正月に「餅」は、必要ですから。
鴨ネギ
2011年12月24日 20:51
ええトシして(笑い)新たに新しいもんを仕込むのは大変なんですね。
トシを取ると脳の中の記憶のタンスにいろんなもんがぎっしり詰まっていて、そこに新しいもんを上から入れるのが大変になるから覚えられないと、聞いたことあります。
だから極端なことを言ってしまうと、それまでの知識をカラッポにしたらまた10代の頃のように覚えられるようになるんですて。
けれどもしそんな風になったら、大事な人間国宝はんやご家族なんか忘れることやから、困りますやろ。
結論が出ませんね、困った。

問題の節に目ぇを通しましたところ、~格天井の一匹龍は鼠の小便のために~・・・までがド素人の鴨ネギなんかには一杯一杯どす。



 

一不審もてまいる
2011年12月24日 22:06
「欄間の天人は雲の巣に綴じられ」とあるは「蜘蛛の巣」に非ずや。
また「傍らに行其菩薩の尊蔵あり」は「行基菩薩」の誤りならずや。
師匠。お答えや如何に。

圓生師匠は「金襴の巻き柱は剥げ渡り」カットで、「曹洞禅師」ですね。
大田区の仮住人
2011年12月26日 11:36
この欄へ投稿されている方の追っ掛け振りには頭が下がります。小生は転勤族で、今は師匠が東京公演の時のみです。前回は「なでしこ」と重なり、サッカーを優先してしまいました。なので二葉さんは写真で対面です。過日、並河七宝記念館の帰り、数軒先の表札を見ると縦書きで「桂米二」とありました。表札泥棒!と言う単語が頭をよぎりましたが、デジカメで撮ることで我慢しました。40数年前の4年間、岡崎南御所町に下宿していましたので、路面電車が走り、疎水(柳とセット)が流れる風情(動物園のゴジラが特に好きでした)と記憶していますが、今は観光客が溢れる風景になってしまいました。止まれ、この雰囲気の中で師匠が精進されていると思うと感激でした。
プログ初体験ですが、こんなのアップしていいのでしょうか。
千枚漬
2011年12月26日 13:34
わお、ゴジラのエサ代はなんぼほどかかりましたんやろ。

すーさん
2011年12月26日 20:12
ウーン、ゴジラって何食べるのやろか?
せら
2011年12月26日 23:48
>一不審もてまいるさま
それって問答仕立てながら、うっかり間違わはったんを指摘したはるだけやないですか~???

高座ではちゃんと言うてはりましたえ
2011年12月29日 09:03
ちょっと小耳に!!
エリック・クラプトンさま。。
『フィールライフ冬号』28頁に載ってるのをみました。。。
千枚漬
2011年12月29日 22:11
二人とも、こっち入り
新入り、いぢめてもろたらどもならん
ゴジラをも飼ってしまう動物園、市立でやで、さすが京都やろ、たいしたもんや
日頃、あんたら(すーさんサマ、巻き込んでごめんなさい)みたいなアホばっかし
相手にすることを強いられてるワテや、マジメで賢い人大歓迎
へ、これは仲間に入ってもろた証です、言わば通過儀礼
なんや、むずかしい言葉知ってんねんな
と、師匠はおっしゃるのではないか、と。
2011年12月30日 19:25
変換ミスで盛り上がっていただいて……。

巻き柱のところ、圓生師匠はカットされていると圓生全集に書いてありました。私もいずれカットするかもしれません。

初めてのコメント大歓迎ですよ。ズボラでなかなかお返事しないだけで、ちゃんと読ませてもらっています。