桂米朝の名前とヒロポン

まだまだあちこちからお悔やみの言葉をいただいております。今日もNHKで追悼番組がありますね。たくさんあり過ぎて、録画し損ねたほうが多いような……。

しかし、うちの一門はどっと疲れが出たようで病人多数です。ざこば兄さんは仕事をキャンセルされたそうです。熱を出した人もありました。私はいつものように喉へ来て声がガラガラ。今日明日と動楽亭昼席なんですが、申し訳ないです。

ネットにもいろいろ載りましたが、気になったことが少しあったので、ちょっと記しておきます。

「桂米朝という前座名を一代で大きな名前にした」

うちの師匠、桂米朝は三代目です。米朝という名前で三人目ということですね。三代目というくらいですから前座名ではありません。初代米朝は後の三代目桂文團治、二代目米朝は後の三代目桂米團治です。

あの「地獄八景亡者戯」の中で有名な「近日来演」のセリフのところで「米朝という名前で死んだ噺家はない」とわざわざ言うてますね。つまり三代目にして初めて「米朝という名前で死んだ噺家」になったわけです。

四代目米團治師匠のところへ弟子入りが決まった時に「いずれお前には米朝という名前をやろうと思てる」と言われたそうです。それを米朝という名前をもらったと勘違いして、東京の正岡容先生(うちの師匠のもう一人の師匠)に報告したところ、正岡先生から米團治師匠のところへ「米朝という名前をいただけるそうで」と礼状が来ました。それで仕方なく米朝という名前にした。どうやらこれが実話らしいです。

うちの師匠もあわて者なのです。そこは今の米團治君も潔く受け継いでおります。

「ヒロポンを打ったこともある」

戦後、ヒロポンというものが出回り、これを打ったら元気が出ると芸人の世界でもかなり流行ったそうです。副作用があるとわかった時には中毒になっていた人も多かったと言います。四代目米團治師匠もその一人でした。結果的に命を縮めました。

薬局で売っていて、はんこを持って行ったら買えたそうです。なんぼでも打とうと思たら打てたと思います。けどうちの師匠はそれをやらなかった。注射が嫌いやったんですね。

一度だけ錠剤は飲みました。夜行列車で一睡もできずに旅先へ着いて、朝からしゃべるというその時に飲んだら、てきめんに効いて、気持ちよくしゃべれたそうです。ですから、「使い方によってはええ薬なんや」とも話してました。

ヒロポンはその一回だけだと思います。周りに勧められてもそれだけしかやらなかった。そこは清い人でした。酒と煙草はグズグズでしたが……。

また少しずつ、思い出したことをご紹介しますね。写真は文化功労者初日のツーショット。2002年10月31日です。

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この記事へのコメント

ちりとてちん
2015年04月04日 20:14
どうぞ、お大事になさって下さい。

思い出話は、ぼちぼちにアップして下さい。
楽しみに待ってますから。