長唄「五郎時致」

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稽古ごとが盛んな米朝一門の中で、私はそれほど熱心ではありませんでした。それでも若い頃から、浄瑠璃(義太夫)、小鼓、狂言と、こそこそっと習いに行きました。ほとんど綺麗さっぱり忘れましたが……。

小鼓は望月太津八郎師匠のところへお稽古に通いました。90歳までお元気で、お酒もお好きでした。驚くなかれ、その年になられても一緒に立ち飲みの店へ行ったことがありましたから。米左君はここで名取になって、望月太八三(たやざ)という名前も持っています。スゴっ!! 他に吉弥君、阿か枝君も習いに行ってましたね。

小鼓は借り物です。桂文我君が持っていたものを借りてます。使わないというので預かってるのです。それなら売ってくれ、と頼みましたが、断られました。その代わり、ずっと持ってもらっていいし、いつでも使ってくれ、と言うのです。

そのうち皮がへたってきて、使い物にならなくなったので、皮だけ新しくしました。本物の鼓は馬の皮ですが、これは合成樹脂です。パチもんですわ。それでも高かった。つまり皮だけ自前になったのです。胴と調べ(紐)は文我君の物。さあ、ややこしなった。財産としては誰の物?

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長唄や三味線を習っている噺家も居て、いつの間にやら噺家だけで長唄の演奏ができるようになってました。昔はいろんなところでやりましたねえ。レパートリーは「五郎時致」と「雛鶴三番叟」。2曲もありました。私は特に「五郎」が好きで、その後、私の出囃子に使わせてもらってます。

それから20年以上経ちました。もう二度と演奏することがないやろうと思てた「五郎時致」を、噺家とお囃子さんで演奏することになったのです。それも正月の2日と3日、新春吉例、サンケイホールブリーゼの「米朝一門会」で。米團治社長から頼まれました。

米朝事務所の社長に米團治君が就任して、いろいろと新しいことを考えて、それを実行に移してくれます。最初にやったことが事務所のトイレの改修工事やそうですが……。

トイレの次が長唄演奏? ま、よろしい。でも私は裏サンケイと呼ばれている「落語初詣~気分はご参詣」があります。毎年こちらへ出てるのです。表サンケイには出られへん、と思たんですが、時間差がありました。表は午後2時開演、裏は午後2時半開演。しかも長唄は幕開きでの15分ほど。サンケイから森ノ宮ホールまでは、大阪環状線で11分。掛け持ちできるやん。

10月から稽古を始めることになりました。そんな時にふと思たんです。

「鼓はどこにある?」

押入れを隅から隅まで捜したら出てきました。ケースがかなり汚れてました。何も手入れをしてなかったからねえ。

「鼓は鳴るやろか? 皮はへたってへんやろか?」

手に取って鳴らしましたが、鳴りません。えらいこっちゃ……。でもこれはオレの腕がなまってるだけやわ。時々ちゃんと鳴ることもあったから。ほとんどポンではなくて、ポソッ、ポソッ言うてます。

「譜面は? 稽古用の音源は?」

これはすぐに見つかりました。紙の譜面はスキャナーで読み取って、iPadで見られるようにしました。何回か太八三師匠の指導の下、鳴物だけ集まって稽古して、いよいよ唄、三味線と一緒のお稽古です。

メンバーをご紹介します。唄の立て(筆頭)が桂文之助、続いて桂米輔、桂吉弥、桂歌之助。三味線の立てが大川貴子、続いて豊田公美子、桂米輝、浅野美希。大鼓(おおかわ)が桂米左(望月太八三)、小鼓が桂米二、太鼓が桂佐ん吉、笛が桂あさ吉。

鳴物では、米左君はもちろんのこと、あさ吉君は若手噺家に指導しているぐらいの笛の名手。頼りないのは私と太鼓の佐ん吉だけ。ま、よろしい。

唄と三味線の指導は今藤政之祐師匠。まだ若い方ですが、長唄の世界では凄いお師匠はんです。別の言い方をしたら月亭八方師匠の娘婿。それに最近わかったことがあります。政之祐師匠の姪(たぶん)に当たる女性とうちの長男が同級生やったんです。政之祐師匠は祇園のお生まれですが、やっぱり京都は狭いわ。

全員が集まっての稽古。はじめは頼りなかったけど、だんだん少しは揃うようになってきました。問題は私。譜面があったら打てますが、ないとあかんのです。つまり、覚えられへんのです。さあ、困った。

「前に置いときはったらよろしいやん」

太八三師匠は言うてくれましたが、譜面を置いていいのは唄だけなんです。他が置いてるのは見たことない。それに譜面ではなくてiPadですよ。もう必死ですわ。家でも電車でも歩きながらでも「チリカラチリトト、スタスタスットン、スットンスタスタスットン」と、こればっかり。昔はちゃんと覚えてたはずなんやけどなあ。

年明けの1月2日の朝、全員揃ったところで、まず楽屋で通して演奏しました。前にiPadを置いて。チラッチラッと見ながら。続いて本番同様、舞台で通しの演奏、リハーサルです。ここもiPadを置きました。ところが、ここではさすがにチラ見ができない。膝元に置くと覗き込まないと見えないのです。これでは本番に置いても無駄です。

さあ、それから本番まで頭の中で覚えにくいところを何回繰り返したことか。落語ではこんな努力せえへんけど。

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さて本番。うまく行ったか? 行かなかったか? ……それがよくわからんのです。細かいミスはあったけど、なんとなくやり切って、みんなに迷惑かけるようなミスはなかったはず。最後まで覚えられなかったところも、なんとか、なんとか覚えてて大丈夫でした。

全体的には良かったんちゃう?

政之祐師匠の指導は本当に親切丁寧でした。最後まで。ま、ぶっちゃけた話をすると、本番演奏中、赤いひな壇の陰に隠れて、後ろで一緒に唄ってはったんですよ。一人だけ唄が上手い人がいると感じませんでしたか? それは政之祐師匠の声だったんですよ。師匠、ありがとうございました。今度は南座でやりたいですね。……やらへんちゅうねん。

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